2008年01月06日

村上隆41



「ぼくは「芸術は誰でも作れるもの」と思ってきましたが、表現を続けられるかどうかはもしかしたら「怒りがあるかどうか」が関係しているのかもしれない、と感じています。 ぼくは何でこんなに闘犬のように怒り続けているのだろう? 理由は本当に自分でもよくわかりませんが、ずうっと怒り続けていることは確かです。 自分への怒りも、周囲への怒りも、世間への怒りも常に溢れるほど出てくるんですね。 成功したいという情熱よりも、今のままではイヤだという不満がぼくを動かしている。 論理で説明できないけど「怒り」こそが表現を続けるのに必要ではないかと思うんです」


芸術起業論・村上隆(著)より)
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村上隆42



「根拠のない怒りは、おそらく、表現をする人は、持ち続けた方がいいものでしょう。 怒りを機会に自分の解決するべき局面をどんどん作っていって自分を前に進ませる、というのがぼくの方法です。 それならアイデアを出さざるをえない状況に追い込まれますからね」


芸術起業論・村上隆(著)より)
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2008年01月08日

村上隆43



「ぼくがアーティストの英才教育をする時にまっさきに教えたいことは「挫折」です。 挫折というショックを与える必要はあると思います。 現時点ではほめられている人にも、ある日、突然、何もほめられなくなる時がくるのですから。 イヤなことを言われて心がズタズタに傷つく時はかならず来るんです。そこでみんなが挫折を味わう。 だけどそこからもう一度戻ってこられるかどうかが勝負なんですよね」



芸術起業論・村上隆(著)より)
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村上隆44



「ぎゅうぎゅうにしめあげていると、しめあげているだけあって、やっぱり最低でも一回は、光が見えるかのような瞬間がやってきます。これは経験上だいたいの人がそうです。 死ぬまで光が見えないよりは、苦しくてもつらくてもたまらなくても光を見た方が絶対にいいのだとぼくは思います」


芸術起業論・村上隆(著)より)
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村上隆45



「劣悪な社会こそが、芸術家には「いい環境」と言えるのかもしれません。 病んだ文化を苗床にして、その掃き溜めに鶴を呼ぶというようなものが芸術なのだと思います。 日本の音楽シーンが発展しているのは悪い時代のイギリスと同じ状況になっているからではないでしょうか。 経済はズタボロで外交は滅茶苦茶で誰も政府のことを信じていない・・・・・イギリスもヤバくなるほど音楽がよくなりましたもんね。 日本の音楽が世界的にいいところにいっているなら日本がズタボロであることの証拠になるかもしれません。 どこまで相関関係があるかは、正確には言えませんが、ズタボロな国だから芸術の栄養素があるかもしれないんですね。 住環境の悪さが日本人のストレスに耐える力の強さを生んでいたりするわけですし」


芸術起業論・村上隆(著)より)
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村上隆46



「日本人のキャラクターを愛する習慣は戦後数十年の文脈には留まりません。 神道における神々の設定は「八百万の神」とも言える多神教です。幽霊や妖怪の世界ともつながりのある汎神信仰です。すべての自然現象に魂が宿るという感覚は現代にも行き続けていると言えます。かわいいキャラクターを生み続ける楽観性は日本人の明るい側面を表現しているのではないでしょうか」


芸術起業論・村上隆(著)より)
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村上隆47



「人間は滅びます。 世界のすべては変化し続けます。 予期せぬことも起こります。 芸術はそんな不測の事態を一瞬で理解させられる媒体で、生きる意味を考えさせてくれます。芸術とは命の伝達媒体ですから、時代を超えて人々に受け継がれてゆくものです。  今の芸術家は、もしかしたら、自分のためにものを作りすぎているのかもしれません。 宮崎駿さんが「自分のためでなく子供のために作る」と言うことはよく理解できます。 子供のために作るということを突き詰めてゆけば、自ずと必要な設定が見えますからね。 やはり自分のための茫洋な自由の中からではなく、目的に合う設定を作りこまなければ、他人には届かないものになってしまうのだと思います」


芸術起業論・村上隆(著)より)
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村上隆48



「人類が生や死を真剣に考えてきた内容は、古来からの宗教美術に表現されています」


芸術起業論・村上隆(著)より)
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村上隆49



「最終的には「なぜ表現しようとしたのか」に辿りつけばいいのです。 自分のデザインの根拠を探す仏教美術の調査の過程では、奈良の大仏を作る仏師が名もなき人足だったように、ひたすら労働に打ちこんで作品に隷属するということがいちばん大事なのだという確信を強めました。 作品からは「自分の信じる何かに隷属する」という姿勢が伝わる。(略)残るのは作品であって人物ではありません。 作品の中に凝縮された考え方が残るもので、それ以外の余分なものは必要ないと言いますか・・・・・そう考えると自分は本当に名もなき人足として作品に打ちこんでいかなければならないなぁと思いました。 学生のような気分で「作りたいものに腐心する」というだけ。もう、それでいいんじゃないだろうかと考えたのです」


芸術起業論・村上隆(著)より)
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村上隆50



「原爆が投下されて、日本人の心にはトラウマができてしまった。 日本はアメリカの傀儡国家であり続けたために、主体性を保持できずに「戦争」「国家」の判断はアメリカなしでは動けないままでいます。 主体性を抜きとられたがゆえに、アメリカの管理下にあまりにも平和な日々を送ることができていた。 そんな日本の芸術がオタク文化なのであるという正真正銘のリアリティを、欧米におもねらず伝えられたのですから。『スーパーフラット』展は欧米で大反響を呼びました」


芸術起業論・村上隆(著)より)
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